突然の辞退
甲子園のニュースを見ていたら、広陵高校が急に出場辞退したと聞いて、
「えっ、なんで!?」と驚いた人は、きっと多かったと思います。
私もその一人で、ニュースを見ながらしばらく画面の前で固まってしまいました。
1回戦で勝ったばかりで、「さあ次もがんばろう!」ってタイミングだったのに…。
ショックだったし、モヤモヤする気持ちが残りました。
辞退の理由は?
ざっくりとした流れはこんな感じです。
ニュースを読んでいくうちに、「そういう事情だったのか…」とは思いました。
でも、あまりに突然すぎて、やっぱり選手たちのことを考えると胸が痛みました。
一番かわいそうだったのは誰?
最初に頭に浮かんだのは、
「暴力に無関係だった他の選手たちが、一番つらい思いをしたのではないか」ということ。
ずっと練習して、努力して、ようやく立てた甲子園の舞台。
それなのに、出られなくなってしまうなんて…。
ただ、もう少し考えてみると、
「もしかして、暴力があったことを知っていた人もいたのかな?」
「見て見ぬふりをしてしまっていた人もいたかもしれないな…」
とも思ったりして、単純には言い切れないなと感じました。
“かわいそう”な人は、一人じゃなかった
この出来事を見ていて感じたのは、
「かわいそう」って思える立場の人が、実はたくさんいるということです。
努力を続けてきた選手たち
せっかく甲子園に出場できたのに、途中で夢を絶たれてしまった悔しさ。
暴力の被害にあった生徒
きっと自分では声を上げられなかったんだと思う。環境を変えるしかなかった孤独。
校長先生や監督
教育と安全の間での苦しい判断。何が正解か、すごく悩んだはず。
保護者の方たち
SNSで声を上げるしかなかった現実。見えないところで、たくさんの葛藤があったと思います。
「仕方なかった」と思うしかないのかも
辞退は、命を守るための判断だった。
それは間違っていないし、きっとすごく苦渋の決断だったはずです。
ただ、そこに関わっていた全ての人たちが、傷ついたのもまた事実。
「誰か一人の責任」ということではなくて、もっと複雑で重たい問題だと思います。
SNSの力って、すごいなと感じた
今回、被害生徒の保護者の方がSNSで声を上げたことで、状況が大きく動きました。
勇気のいることだったと思いますが、その投稿がなかったら、私たちの耳にも届いていなかったかもしれません。
「声を上げること」の意味や、その影響力を改めて考えさせられました。
この出来事から、私たちが考えるべきこと
この出来事は、「誰が悪かったか」を探すだけでは、解決しないと思います。
それよりも、
なぜこういうことが起きてしまったのか
どうすれば、誰かが傷つく前に気づけたのか
声を上げやすい環境って、どう作れるのか
そういうことを、ちゃんと考える必要があると思いました。
最後に
夢が絶たれてしまった選手も、
声を上げられなかった被害生徒も、
そして、難しい判断を迫られた大人たちも──
それぞれに、抱えていたものがあったはずです。
「誰が一番かわいそうだったか?」と聞かれると、
正直、簡単には答えが出ません。
でも、「声を上げられなかったこと」や、「守られなかった瞬間」があったこと。
そこに目を向けることが、次に進むための小さな一歩になる気がします。
★追記
と、ここまで書いて思うのは──
今となっては、最初から甲子園への出場を辞退していた方がよかったのかもしれない、ということです。
当初は「厳重注意」で終わった件でしたが、結果的に学校や監督の判断によって、選手や関係者の名前・顔写真などがSNS上で拡散され、残念ながら取り返しのつかない事態に発展してしまいました。
出場を選んだ判断そのものが悪だったとは思いません。ただ、「出るか出ないか」ではなく、「出るとしたらどう守るか」という備えや意識が、もう少し必要だったのかもしれません。
誰かを責めるというよりも、今後、同じようなことが起きないように、私たち大人も考え続けなければいけないなと感じます。
posted by ミルクパンダ at 14:43|
日記
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